地球を冷やした1815年の悪夢!タンボラ山大噴火の真相と現在の姿

地球を冷やした1815年の悪夢!タンボラ山大噴火の真相と現在の姿の特集記事をお届けします。役立つ情報がチェックできます。

タンボラ山の噴火がもたらした最大の爪痕は、局所的な災害にとどまらず、地球規模の気候変動を引き起こした点にあります。成層圏に吹き上げられた推定数千万トンもの二酸化硫黄が水蒸気と反応し、微小な「硫酸塩エアロゾル」の膜となって地球全体を包み込みました。この微粒子が太陽光を宇宙空間へ反射し続けたため、地球の平均気温はおよそ0.4〜0.7度も低下したとされています。

翌1816年、北半球全域は極端な冷夏に見舞われ、歴史上「夏のない年(Year Without a Summer)」と呼ばれる前代未聞の異常気象に見舞われました。北米やヨーロッパでは6月や7月に激しい降雪や霜が観測され、農作物が広範囲で全滅。欧米各地で食糧価格が高騰し、大規模な食糧暴動や難民の発生、チフスの大流行へと発展しました。日本でも江戸後期の天候不順や冷害の一因になったと考えられています。

この世界的な気候危機は、意外な形で文化や技術の歴史にも足跡を残しました。連日の冷雨に閉じ込められたスイスのレマン湖畔で、作家メアリー・シェリーが名作『フランケンシュタイン』の着想を得たことは有名なエピソードです。また、飼料不足で移動手段だった馬が大量死したことを受け、ドイツのカール・フォン・ドライスが人力で走る二輪車「ドライジーネ」(現在の自転車の原型)を発明したのも、この飢饉が直接的な契機でした。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest