横山裕の過去と壮絶な生い立ちの真相|弟の学費と母の急逝を越えて
横山裕の過去と壮絶な生い立ちの真相|弟の学費と母の急逝を越えての概要と注目ポイントを一挙に解説しました。
関西ジャニーズ∞として2004年にCDデビューを果たし、徐々に全国区の知名度を獲得し始めた横山を、さらなる悲劇が襲います。2010年春、彼が全国ソロツアーの真っ只中にあった時、最愛の母親が50歳という若さで突然倒れ、帰らぬ人となったのです。スーパーの店内で心臓麻痺により急逝したと報じられました。
訃報を受けたのは、まさに青森公演の本番直前でした。精神が崩壊しかねない極限状態の中、横山は「見に来てくれたお客さんに心配をかけたくない」と周囲に告げ、涙を拭ってステージに立ち続けました。アンコールまで全力で歌い踊り切ったそのプロ根性は、関係者の間で伝説として語り継がれています。
母親を失った後、当時まだ学生だった弟2人の生活と未来は、完全に20代後半の横山の肩にかかることとなりました。横山は迷うことなく父親代わりを務めることを決意します。
「弟たちには自分と同じ思いをさせたくない、学びたいことを諦めさせたくない」という一心から、弟たちの高校・専門学校・大学の学費、さらには一人暮らしの生活費に至るまで全額を工面しました。金銭的な支援にとどまらず、弟の就職活動の相談に乗り、時には厳しく生活態度を指導するなど、まさに真摯な父親そのものの役割を果たし続けました。
その献身が実を結んだ象徴的な出来事が、次男の結婚式でした。披露宴の終盤、サプライズで弟から横山へ宛てた手紙が読み上げられました。「お兄ちゃんがいてくれたから、今の僕があります。父親代わりになってくれて本当にありがとう」という感謝の言葉を受け取った瞬間、普段は人前で滅多に弱音を吐かない横山が、顔を覆って号泣したというエピソードは、ファンの間でも語り草となっています。