パンは何語?英語と思いきやポルトガル語!定着の歴史真相に迫る
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パンが初めて日本の歴史に登場したのは、戦国時代の真っただ中である天文12年(1543年)のことです。種子島鉄砲伝来とパンの伝流は、まさに同一の船によってもたらされました。大隅国の種子島に漂着したポルトガル商人たちが、火縄銃とともに船内用の保存食として持ち込んだのが、日本人が目にした最初のパンだったと記録されています。
その後、本格化した南蛮貿易と伝来経緯を通じて、キリスト教の布教を担ったイエズス会の宣教師たちによってパン作りが日本各地へと広まりました。キリスト教のミサでは、イエス・キリストの肉体に見立てた「聖餅(ホスチア)」と呼ばれる無発酵のパンが不可欠だったためです。織田信長をはじめとする戦国大名たちも、珍奇な南蛮文化のひとつとしてパンを口にしたと伝えられています。
ところが、日本のパン外来語歴史は平坦な一本道ではありません。江戸時代に入ると、徳川幕府によるキリスト教禁止令と鎖国政策(寛永16年・1639年のポルトガル船来航禁止)が敷かれます。パンは「キリシタンの邪教儀式と結びつく食べ物」として厳しく警戒され、長崎の出島など一部の限られた環境を除き、日本列島から完全に姿を消しました。およそ200年間もの間、パン文化は日本で事実上の断絶状態に陥ったのです。
この空白を打ち破ったのは、幕末の国防危機でした。天保13年(1842年)、伊豆韮山代官の江川太郎左衛門(英龍)が、アヘン戦争に揺れる国際情勢に危機感を抱き、炊煙を出さずに戦場で素早く食べられる軍用携帯食としてパンの製造に着手したのです。現在、江川英龍がパンを焼き上げた4月12日は、日本パン工業会によって「パンの記念日」に制定されています。
そして明治維新を迎え、文明開化の波とともにパンは一気に開花します。明治2年(1869年)に創業した木村屋(現・木村屋總本店)の木村安兵衛が、日本古来の酒種酵母を用いた「あんぱん」を明治7年(1874年)に開発。明治天皇へ献上されたことを契機に、パンは西洋の模倣から「日本人の舌に馴染む独自の主食・菓子」へと脱皮を遂げ、全国へ不動の定着を見せることになりました。