昭和の不良はなぜ消えた?ツッパリの掟と驚くべき現在地を追う
昭和の不良はなぜ消えた?ツッパリの掟と驚くべき現在地を追うの基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でまとめました。
昭和50年代から60年代にかけての中学校・高校において、不良たちのアイデンティティはまずその身なりに強烈に現れていました。男子の象徴といえば、油性ポマードで丹念に固められたリーゼントやダックテール、アイパー、パンチパーマといったヘアスタイルです。クシで完璧な毛流れを作り、乱れることを極度に嫌うスタイルは、彼らなりの威厳とプライドの表現でした。
制服のカスタムもエスカレートの一途をたどりました。着丈を極端に長くした「長ラン」や短く切り詰めた「短ラン」、極太のワタリから裾にかけて絞り込む「ボンタン」や「ドカン」など、変形学生服を専門に扱う洋品店が全国の繁華街で大繁盛しました。裏地に刺繍(龍や虎、過激な文句)を施すなど、隠れたディテールに大金を注ぎ込む少年が後を絶ちませんでした。
持ち物にも明確なコードが存在しました。教科書を抜いてペチャンコに潰した革の学生カバン(マジックテープで固定)、白いエナメル靴やハイミッドスニーカー、ソックタッチで靴下をたるませず固定するスタイルなど、細部へのこだわりは現代のストリートファッションにも通じる洗練と狂気を孕んでいました。
しかし、その華やかさの裏には「先輩の命令は絶対」「他校との縄張り争い」「タイマン(1対1の喧嘩)のルール」といった過酷な体育会系以上の縦社会が存在し、掟を破った者には容赦のない制裁が待っていました。