三毛別羆事件の写真に本物は存在するのか?出回る画像の真相と歴史的記録
三毛別羆事件の写真に本物は存在するのか?出回る画像の真相と歴史的記録の疑問点について、専門知識を詳しくお届けします。
結論から明言すれば、三毛別羆事件の加害個体である巨大ヒグマ「袈裟懸け(けさがけ)」を直接撮影した写真は、一枚も存在していません。射殺直後に横たわる熊の姿や、開拓小屋の前で吊るされた姿としてWeb上に掲載されている白黒画像は、すべて後年に撮影された別のヒグマの写真、あるいは全く異なる事件の記録画像が誤認・転用されたものです。
なぜ現場写真が存在し得ないのか。その理由は当時の開拓地の過酷な環境と写真技術の普及度合いにあります。大正4年(1915年)当時の三毛別六線沢は、電話も電気も通じていない日本海沿岸から奥深く分け入った極寒の未開地でした。当時は写真機自体が極めて高価な精密機械であり、写真館の技師が重い機材一式とガラス乾板を背負って雪深い山奥に赴くことなど物理的に不可能に近い状況でした。
討伐隊を率いた警察や行政機関の公式報告書、ならびに北海道庁の保安課記録を照合しても、現場見分調書に添付されているのは手書きの見取り図やスケッチのみです。当時7歳で事件の惨劇を目撃し、のちに生涯をかけてヒグマ狩りを行い慰霊を続けた大川春義氏の回想録や、農林水産省林務官として事件の全容を丹念に聞き書きした木村盛武氏の著書『慟哭の谷』においても、「袈裟懸けの死骸写真を技師が撮影した」という記録は一切確認されていません。