Boøwy解散理由の真実|氷室京介と布袋寅泰の確執と伝説の舞台裏
Boøwy解散理由の真実|氷室京介と布袋寅泰の確執と伝説の舞台裏の全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。
BOØWYの解散劇は、日本のロック史において最もドラマティックかつ美しく演出された幕引きとして語り継がれています。その起点となったのが、1987年12月24日の渋谷公会堂(現・LINE CUBE SHIBUYA)公演でした。アンコールのステージに立った氷室京介が、マイクを握りしめて放った一言は、会場のファンのみならず音楽界全体を揺るがしました。
「それぞれの道を行くために、今日でこのバンドを終わらせることにしました」という趣旨の告白が発せられた瞬間、会場は悲鳴と絶叫に包まれました。翌12月25日には朝日新聞などの全国紙に全面広告が打たれ、「BOØWY 解散」の文字が公式に日本中へと突きつけられたのです。
そして1988年4月4日・5日、オープンしたばかりの東京ドームにおいて、事実上のファイナルステージとなる「LAST GIGS」が開催されました。このチケット発売日には、予約電話回線にアクセスが殺到して東京都文京区の電話交換局が麻痺する前代未聞の事態が発生。用意された2日間計約10万枚のチケットはわずか10分足らずでソールドアウトし、ダフ屋による高額転売が社会問題化するほどの熱狂を生み出しました。
ステージ上の4人は、感傷に流されることなく、研ぎ澄まされた圧倒的なロックンロールを披露。「最後まで誰にも媚びず、最高にカッコいい姿のまま去る」というバンドのポリシーを、完璧なパフォーマンスによって完結させました。