那覇の伝説「珈琲屋台ひばり屋」の現在地|移転の軌跡と愛される理由
那覇の伝説「珈琲屋台ひばり屋」の現在地|移転の軌跡と愛される理由にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
ひばり屋の歴史を語る上で欠かせないのが、数々の移転ドラマです。珈琲屋台ひばり屋の経緯まとめを辿ると、この店が単なる飲食店ではなく、那覇という街の変遷と共に呼吸してきた生きたカルチャーであることが分かります。
創業は2000年代前半。店主の辻佐代子(つじ さよこ)さん(※一部メディアで辻佐知子と誤記されることもありますが、正しくは辻佐代子さんです)が、国際通りから一本入った「パラダイス通り」沿いの空き地で営業を始めたのが原点でした。パラソルの下に手作りの小さなカウンターを置き、道行く人々に珈琲を提供するスタイルは、瞬く間に感度の高い地元住民やバックパッカーたちの心を掴みました。
しかし、那覇中心街の再開発の波は容赦なく押し寄せます。パラダイス通りの土地開発に伴う最初の立ち退き、その後移転した理髪店の裏庭からの再移転など、幾度となく「場所を失う危機」に直面しました。一般的には、こうした移転を契機に鉄筋コンクリートの常設店舗を構える道を選ぶ店主がほとんどです。実際、周囲からも実店舗化を勧められたといいます。
それでも辻佐代子さんは「屋台」であり続けることを選びました。当時のインタビューや自著・手記において彼女は「風が吹き抜ける外の空気の中で、人と人がふと出会い、言葉を交わす屋台の距離感が好き」と語っています。箱モノの建物に閉じこもるのではなく、自然の光や季節の匂い、鳥の声を感じながら淹れる一杯にこそ、ひばり屋の命が宿る。その揺るぎない覚悟が、幾度の立ち退きを経ても消えることなく、現在の桜坂の庭へと屋台を運ばせました。