山本五十六の本おすすめ決定版!名著から愚将説の真相まで徹底比較

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多くの読者が抱く最大の疑問は、「なぜあれほど日米開戦に強硬反対していた人物が、開戦の口火を切る真珠湾奇襲作戦を自ら発案し、断行したのか」という点に集約されます。

1919年から1921年にかけてのアメリカ・ハーバード大学留学、そしてその後のワシントン駐米大使館付武官としての滞在経験を通じ、山本五十六はアメリカのデトロイトの自動車産業やテキサスの油田地帯を自らの足で視察していました。当時、日本の海軍首脳部が「大鑑巨砲主義」と「精神力」に傾斜する中、彼は日米の鉄鋼生産力や石油精製能力の桁違いの格差を数字として正確に把握していた数少ないエリート軍人でした。

当時の首相・近衛文麿に対し、「やれと言われれば初めの半年や1年は暴れてみせましょう。しかし、2年3年となればまったく確信は持てません」と述べた逸話はあまりに有名です。この言葉の背景にあったのは、悲観論ではなく冷厳なリアリズムでした。

にもかかわらず、連合艦隊司令長官に就任した山本が真珠湾攻撃に固執したのは、「ジリ貧の長期戦に突入すれば100%日本に勝ち目はない。緒戦で敵の主力空母と戦艦群を徹底的に叩き、米国民の継戦意欲を喪失させて半年以内に有利な講和を結ぶしかない」という、極限の一撃講和論に賭けていたためです。軍令部の強い反対に対し、自らの辞任を盾にしてまで作戦を承認させた経緯は、彼の信念であると同時に、軍政と統帥の乖離が生んだ巨大な博打でもありました。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

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