栗林忠道の真実|米軍を震撼させた硫黄島の名将と壮絶な最期

栗林忠道の真実|米軍を震撼させた硫黄島の名将と壮絶な最期の注目ポイントを詳しく解説してご紹介します。

硫黄島の戦いを語る上で欠かせないのが、栗林の思想に深く共鳴した戦車第26連隊長・「バロン西」こと西竹一(にしたけいち)陸軍大佐の存在です。1932年ロサンゼルス五輪の馬術障害飛越競技で金メダルを獲得し、欧米社交界で絶大な知名度を誇った西は、栗林と同じく国際感覚に長けた人物でした。

栗林は西の戦車隊に対し、平地での機動戦ではなく、戦車を地面に埋めて「トーチカ(固定砲台)」として擬装・運用する革新的な防衛プランを命じました。プライドの高い戦車将校からは反発も予想されましたが、西は栗林の合理的な戦略意図を即座に理解し、全幅の信頼を寄せてこれを実行。米軍の上陸部隊に甚大な打撃を与え続けました。

階級や出身にとらわれず、現場の実態と合理性を最優先する栗林の指揮方針は、硫黄島守備隊全体の士気を最後まで支え続ける決定的な原動力となったのです。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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