江戸時代の寿命30歳説は嘘?平均余命の真相と長寿の理由を徹底解明

江戸時代の寿命30歳説は嘘?平均余命の真相と長寿の理由を徹底解明について分かりやすく解説いたします。最新の情報をご覧ください。

現代の死因トップががん、心疾患、老衰であるのに対し、当時の人々を死に至らしめた原因は何だったのでしょうか。記録から割り出される江戸時代の死因ランキングは、現代とは全く異なる脅威に満ちていました。

死因の圧倒的第1位は「感染症・伝染病」です。抗生物質も化学療法も存在しない江戸時代において、結核(当時は労咳・労疾と呼ばれた)は不治の病として恐れられ、夏目漱石の文学に登場するような若い知識人や町衆の命を容易く奪いました。さらに、周期的に大流行した天然痘(疱瘡)、麻疹(はしか)、幕末に海外から持ち込まれたコレラ(虎列剌・コロリ)は、わずか数週間のうちに江戸市中で何万人もの命を飲み込みました。

第2位には、衛生管理の不備に起因する「赤痢や疫痢などの消化器系感染症」が並びます。長屋の共同井戸や神田上水の水質問題もあり、脱水症状で命を落とすケースが後を絶ちませんでした。

そして第3位に挙がる特異な要因が、江戸時代の食生活と寿命の密接な関わりから生じた「脚気(かっけ)」です。当時、この病は「江戸患い」と呼ばれ、都市部特有の奇病として恐れられていました。

地方の農民が玄米や雑穀(ヒエ、アワ)、大根などの野菜中心の食事を摂っていたのに対し、大都市・江戸の住民は「白米を1日3合から4合食べる」ことが豊かさの象徴でした。玄米のぬか層に含まれるビタミンB1が精米によって削ぎ落とされ、副菜も漬物や佃煮程度という極端な炭水化物偏重の食習慣が定着した結果、深刻なビタミンB1欠乏症を引き起こしたのです。手足の痺れから始まり、重症化すると心不全(脚気衝心)を起こして突然死に至るこの病は、将軍家から長屋の町人に至るまで等しく襲いかかりました。

石川 優花

石川 優花

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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