日本唯一の式内社・伊射奈美神社の謎!由緒とご利益を徹底解剖
日本唯一の式内社・伊射奈美神社の謎!由緒とご利益を徹底解剖の注目ポイントを分かりやすくまとめてご紹介します。
神社巡りや歴史探訪において、伊射奈美神社の歴史と由緒を紐解く上で避けて通れないのが「所在地を巡る論社(ろんしゃ)問題」です。長い歳月の変遷や水害などにより、延喜式に記された当時の社殿がどこにあったのかについては複数の説が存在し、現在は徳島県美馬市内の2社が有力な比定地とされています。
美馬市穴吹町三島に鎮座する伊射奈美神社は、かつて「十二社大権現」「十二所大権現」と称された旧村社です。社伝や地域記録によると延暦7年(788年)に国司奉幣があったと伝えられるほか、平安中期の『名神序頌』には貞観年間(859年~877年)頃の創建とする記述が残されています。山裾の清澄な空気に包まれた境内には苔むした石段と素朴な木造社殿が立ち、修験道の霊峰・高越山(こうつさん)への信仰とも深く結びついてきました。
一方、同市美馬町中鳥に鎮座する伊射奈美神社は、暴れ川として知られた吉野川のデルタ地帯・中鳥島(なかとりじま)に位置します。幾度もの大洪水を経験しながらも水辺の守り神として集落の人々によって頑なに守り継がれてきた歴史を持ち、川の氾濫と再生のシンボリズムが伊邪那美命の神話と深く重なり合っています。