マリー・アントワネット処刑の真相|パン発言捏造とフランス革命の闇

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マリー・アントワネットと聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべるのが、「パンがなければお菓子(ブリオッシュ)を食べればいい」という冷酷な言葉です。しかし、近現代の歴史研究において、王妃がこの言葉を発した事実は一切存在しないことが確定的な定説となっています。

このセリフの原型は、思想家ジャン=ジャック・ルソーが1765年頃に執筆した自伝的著作『告白』に登場する「ある大公夫人」の言葉です。当時、まだオーストリアの宮廷にいたわずか9〜10歳のアントワネットが、フランス国内の飢饉に対して発言できるはずもありません。革命期の反王党派パンフレット(扇動文書)の作者たちが、民衆の階級的憎悪を煽るために王妃の口から出た言葉として意図的に改変・流布したプロパガンダに過ぎなかったのです。

実際の彼女は、貧困層への救済事業にポケットマネーを寄付し、孤児を引き取って養育するなど、情に厚い一面を多々見せていました。夫ルイ16世の戴冠式に際しては、母マリア・テレジアに宛てた手紙の中で「飢えに苦しみながらも私たちを熱狂的に迎えてくれる民衆のため、全力で幸福を尽くさなければなりません」と真摯な決意を書き残しています。

それにもかかわらず、なぜ彼女は「赤字夫人(マダム・デフィシット)」と呼ばれ、国民の敵とみなされたのでしょうか。その決定打となったのが、1785年に発覚した「首飾り事件(ダイヤの首飾り詐欺)」でした。

希代の詐欺師ジャンヌ・ド・ヴァロワ伯爵夫人が、宮廷での出世を望むロアン枢機卿の野心を利用し、「王妃が欲しがっている」と偽って時価160万リーブル(現在の貨幣価値で数百億円規模)の超豪華なダイヤモンドの首飾りを騙し取ったこの事件において、アントワネットは首飾りの購入を断っており、完全な被害者でした。しかし、密室で行われた裁判でロアン枢機卿が無罪放免となり、詐欺師ジャンヌが公衆の面前で処罰されたことで、世論は奇妙な方向へ暴走します。「王妃が裏で糸を引いていたのではないか」「贅沢に目が眩んで枢機卿を罠に嵌めた」という陰謀論がネットなき時代のパリ市街を席巻し、彼女の社会的信用は完全に失墜しました。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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