なぜ人とすれ違わない?会津さざえ堂の二重螺旋に隠されたダヴィンチ説の真相

なぜ人とすれ違わない?会津さざえ堂の二重螺旋に隠されたダヴィンチ説の真相の重要なポイントについて、分かりやすい解説を詳しくお届けします。

二重螺旋の階段といえば、フランス・ロワール渓谷にある世界遺産シャンボール城の二重螺旋階段が世界的に知られています。あの階段の原案を描いたとされるのが、ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチです。この類似性から、インターネット上や一部の歴史ファン・旅番組などでは「さざえ堂はダ・ヴィンチのスケッチが江戸時代の日本に伝わって建てられたのではないか?」というロマンあふれる仮説が長年囁かれてきました。

このさざえ堂ダ・ヴィンチ真相について、現地の保存関係者や建築史学会の見解を総合すると、結論として「直接的な設計図の伝来を示す一次資料や客観的証拠は現時点で存在しない」と結論づけられています。シャンボール城の階段は中央が吹き抜けの石造り階段であるのに対し、さざえ堂は六角形の外周と心柱を巧みに結びつけた木造のスロープ建築であり、構造力学的なアプローチも大きく異なります。

一方で、完全な孤立状態でゼロから偶然生まれたかといえば、当時の時代背景には興味深い接点が存在します。さざえ堂が建てられた寛政期は、日本において杉田玄白らの『解体新書』出版以降、長崎出島を通じて西洋の自然科学や土木・図学が「蘭学」として急速に流入していた時代でした。会津藩校「日新館」に代表されるように、会津藩は全国屈指の高度な教育水準と学問の気風を誇っていました。当時、オランダ経由で輸入された建築書や幾何学の刊本、あるいは和算(日本の伝統数学)における高度な立体幾何学の知見が、郁堂和尚や施工にあたった会津の宮大工たちの目に触れていた可能性は十分に考えられます。

西洋の模倣ではなく、西洋から伝わった幾何学的刺激や仏教の螺旋思想(巻貝=法螺貝などの吉祥意匠)を、日本の伝統的な木造軸組工法に落とし込み、独自の解釈で実体化させたものと見るのが学術的に最も自然です。巨匠ダ・ヴィンチの名を借りずとも、鎖国下の日本の職人たちがこれほどアヴァンギャルドな立体構造を木組みだけで成立させたという事実こそ、真の驚異といえます。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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