萬屋錦之介の家系図と現在|中村獅童との血縁と息子たちの光と影
萬屋錦之介の家系図と現在|中村獅童との血縁と息子たちの光と影の概要と注目ポイントをわかりやすく整理しました。
萬屋錦之介の生涯を語るうえで避けて通れないのが、昭和の芸能界を震撼させた総額13億円(現在の貨幣価値換算で20億円以上)にのぼる莫大な借金劇です。なぜ当代屈指のトップスターが、自己破産の淵にまで追い詰められたのでしょうか。
最大の原因は、東映を離脱した錦之介が1968年に設立した独立プロ「中村プロダクション(後に錦プロダクション)」の採算を度外視した過剰投資でした。錦之介は類まれなる役者であると同時に、徹底した芸術至上主義者でした。自らが理想とする本格時代劇を創り上げるため、映画『柳生一族の陰謀』や『真田幸村の謀略』、テレビ『子連れ狼』などの製作において、当時の常識をはるかに超える美術費やロケ費用を投じ続けたのです。
「良いものを創れば金は後からついてくる」という錦之介の豪胆なスター気質は、現場のスタッフや映画ファンから絶大な支持を集めた反面、経営管理という点では致命的な脆弱さを抱えていました。放漫経営と取り巻きによる資金の私物化、さらにテレビ業界の構造変化が追い打ちをかけ、1982年にプロダクションは実質的な倒産に追い込まれました。
追い打ちをかけるように、錦之介は国指定の難病である重症筋無力症を発症し、長期の絶対安静を余儀なくされます。稼ぎ手を失った一門の負債は瞬く間に膨張し、妻の淡路恵子は自宅を売却し、クラブの雇われママとして夜の街に立ちながら返済に追われました。役者としての純粋すぎる情熱が、結果として愛する家族を崩壊の淵へと追いやるトリガーとなってしまった事実は、昭和映画界の徒花(あだばな)として今も語り継がれています。