盛岡・光原社が人々を魅了し続ける理由|賢治の息吹と民藝の美を巡る

盛岡・光原社が人々を魅了し続ける理由|賢治の息吹と民藝の美を巡るを詳しくリサーチ! 知っておきたい トピックの裏側を凝縮して配信します。

盛岡の光原社を語る上で欠かせないのが、童話作家・宮沢賢治との運命的な結びつきです。大正13年(1924年)、盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)で賢治の後輩であった及川四郎氏が、賢治の類まれな才能を世に知らしめるべく出版社を立ち上げたのがすべての始まりでした。

「光原社」という社名は、光を愛した賢治自身が名付けたもの。ここで賢治の生前唯一の童話集である『注文の多い料理店』が出版されました。敷地内には賢治の直筆原稿の複製や記念碑が今も大切に残されており、文学ファンにとっては聖地とも呼べる場所です。

出版事業ののち、光原社は南部鉄器をはじめとする東北の手仕事の紹介へと舵を切ります。さらに民藝運動の創始者である柳宗悦や染織家・芹沢銈介らとの出会いによって、日本全国、さらには世界の上質な手仕事を集めた「民藝の美を発信する拠点」として現在の確固たる地位を築き上げました。

中島 亮太

中島 亮太

写真家・フォトエディター

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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