梅宮クラウディア若い頃の真相!モデル時代の美貌と波乱の半生

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昭和の映画界において「夜の帝王」と恐れられ、数多の浮名を流した東映のトップスター・梅宮辰夫さん。そんな彼が唯一、生涯の伴侶として選んだのがクラウディアさんでした。二人の出会いは、昭和40年代初頭の銀座のサロンに遡ります。

当時、辰夫さんは銀座のクラブを何軒もハシゴするのが日課でしたが、ある日偶然訪れた店でカウンターに座っていたクラウディアさんを見かけた瞬間、周囲の音が完全に消え去るほどの衝撃を受けたといいます。辰夫さんは生前の特番インタビューや自著の手記の中で、梅宮辰夫とクラウディアの馴れ初めの真相についてこう語り残しています。

「世の中にこんな綺麗な女がいるのかと思った。フランス映画の銀幕からそのまま抜け出してきたような姿で、俺のほうが完全に一目惚れだった」

百戦錬磨のプレイボーイだった辰夫さんは、すぐさま連日のように店に通い詰め、高級車でのドライブや連夜の高級レストランへの招待など、破格の猛アタックを展開しました。一方のクラウディアさんは、辰夫さんの映画俳優としての派手な名声にはまったく動じず、むしろ豪快さの裏側にある「繊細な優しさ」「料理を振る舞う家庭的な温もり」に次第に惹かれていったと述懐しています。

交際開始から間もなくクラウディアさんの妊娠が発覚。当時、辰夫さんは独身貴族のイメージが売り物だったため、映画会社の上層部からは結婚に対して猛烈な反対を受けました。しかし辰夫さんは「役者を辞めてでも彼女と結婚する」と突っぱね、1972年に電撃入籍。長女・アンナさんが誕生したことで、二人の固い絆は決定的なものとなりました。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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