横浜プリンスホテル閉館の真相と跡地の現在|貴賓館の今を追う

横浜プリンスホテル閉館の真相と跡地の現在|貴賓館の今を追うの全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。

横浜プリンスホテルの歴史は、1937年(昭和12年)に東伏見宮邦英王の別邸として建てられた瀟洒な洋館(旧東伏見宮別邸)に端を発します。戦後の1953年、西武グループの創業者・堤康次郎氏率いる国土計画がこの宮家別邸を取得し、「横浜プリンスホテル」として開業しました。1990年には建築界の巨匠・村野藤吾氏の遺作となる曲面を描く白亜の新本館が竣工し、全440室の大型高級リゾートへと進化を遂げました。

しかし、2000年代初頭に大きな転換期が訪れます。当時の西武グループを揺るがした有価証券報告書の虚偽記載問題や上場廃止に伴い、みずほフィナンシャルグループなど主導のもとで大規模な「西武グループ ホテル再編」が断行されました。投資ファンドのサーベラス主導による資産の選別・売却が進む中、収益性の見直し対象となったのが当ホテルでした。

当時の業界取材やIR資料によると、みなとみらい21地区の急速な開発によって「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」や「横浜ベイホテル東急」などの新鋭ホテルが台頭。さらに都心回帰や婚礼需要の多様化が重なり、丘陵地という立地条件がアクセスの面で不利に働いたことも、解体・売却決定への決定打となりました。2006年6月30日、半世紀以上にわたる輝かしい歴史に幕が下ろされたのです。

比較項目横浜プリンスホテル(旧・磯子)新横浜プリンスホテル(港北区)編集部の分析視点所在地・立地横浜市磯子区磯子(高台・海景)横浜市港北区新横浜(新幹線駅前)リゾート型景勝地 vs 交通至便な都市型拠点開業年・建築特徴1953年開業(村野藤吾設計の曲線美)1992年開業(地上42階の超高層円柱タワー)皇室別邸ルーツ vs バブル期都市開発の象徴現在の営業状況2006年に閉館・解体(跡地は再開発)現役営業中(プリンスホテル基幹店)ネット上で混同される最大の要因象徴的施設旧東伏見宮別邸(貴賓館)、巨大プールトップ オブ ヨコハマ、プリンスぺぺ歴史保全型施設 vs 複合商業高層タワー
佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest