東関部屋はなぜ閉鎖したのか?曙・高見盛の名門崩壊と八角部屋移籍の真相

東関部屋はなぜ閉鎖したのか?曙・高見盛の名門崩壊と八角部屋移籍の真相について分かりやすく解説いたします。詳細な分析をご覧ください。

大相撲の東関部屋の歴史は、昭和61年(1986年)2月に始まります。高砂部屋から独立した元関脇・高見山が興したこの部屋は、外国出身親方が初めて師匠を務める画期的な道場として大きな注目を集めました。墨田区本所のアパートからスタートした部屋は、ハワイから入門した曙太郎の躍進によって一躍脚光を浴びます。

1993年に曙が外国出身初の横綱へ昇進すると、東関部屋は角界のトップランナーへと躍進しました。さらに平成期に入ると、気合注入のルーティンで爆発的人気を集めた青森県出身の高見盛精彦や、叩き上げの力士として土俵を沸かせた潮丸元康らが台頭。単に強いだけでなく、ファンに熱狂的に愛される個性派力士を次々と世に送り出しました。

2009年に初代東関親方(高見山)が定年退職を迎えると、愛弟子である潮丸が13代東関親方を襲名。伝統の継承と新たな飛躍を期して、2018年には東京都墨田区から葛飾区柴又へと大規模な新築移転を実施しました。地域密着型の相撲部屋として地元住民やファンから温かい歓迎を受け、誰もが名門の第二章の順航を信じて疑いませんでした。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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