赤ひげ先生のモデルと名言の真相!名作が照らす現代地域医療のリアル

今注目を集めている 赤ひげ先生のモデルと名言の真相!名作が照らす現代地域医療のリアルについて、主要な情報を分かりやすく掲載しています。

「赤ひげ先生と呼ばれる医師は実在したのか」という疑問は、原作やドラマに触れた多くの読者が最初に抱く関心事です。結論から言えば、主人公・新出去定(にいで・きょじょう)という人物自体は山本周五郎が創り上げた架空の医師ですが、その精神的・歴史的基盤には明確な実在のモデルが存在します。

最有力とされる実在人物が、江戸中期の享保期に活躍した漢方医の小川笙船(おがわ・しょうせん)です。笙船は、徳川幕府第8代将軍・徳川吉宗が設置した「目安箱」に、貧困のために治療を受けられず命を落としていく困窮者の救済を求める嘆願書を投書しました。この直訴がきっかけとなり、享保7(1722)年に江戸・小石川薬園内に貧民専用の無料医療施設として開設されたのが、物語の舞台である小石川養生所です。

当時の資料や医学史の記録によると、小石川養生所は設立当初、庶民から「一度入ったら生きて出られない人体実験の場ではないか」と恐れられ、利用者が集まらない苦難に見舞われました。初代肝煎(実質的な管理者)を務めた笙船らは、地道に患者と向き合い、偏見を払拭しながら組織の基礎を築き上げました。山本周五郎は笙船の不屈の行動力に、幕末から明治にかけて庶民医療に奔走した無名医師たちの実話を重ね合わせ、無骨でありながら深い慈愛を秘めた「赤ひげ」のキャラクターを彫り深く造型したのです。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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