岩国飛行場と岩国錦帯橋空港の違いは?軍民共用の真相と最新利用ガイド
岩国飛行場と岩国錦帯橋空港の違いは?軍民共用の真相と最新利用ガイドについて知っておくべき ポイントを厳選して解説いたします。
岩国が軍民共用空港として再出発した背景には、戦前から続く防衛拠点としての歩みと、戦後の激しい基地負担を巡る歴史があります。
岩国飛行場の起源は1940年(昭和15年)に開設された旧日本海軍の航空基地に遡ります。終戦直後は英連邦占領軍が進駐し、1952年に米軍へ引き渡されました。以来、東アジアにおける米海兵隊の重要航空拠点として機能し、極東最大級の航空基地へと拡大していきました。昭和時代の一時期には民間定期便(旧日航や全日空)が就航していた時期もありましたが、1964年に民間定期便が途絶え、完全な軍事基地として閉ざされた歴史を持ちます。
転機となったのは、1990年代から本格化した「滑走路沖合移設事業」です。基地に隣接する市街地への航空機騒音や墜落事故のリスクを低減させるため、滑走路を従来の場所から東側の海を埋め立てた沖合へ約1,000メートル移設する国家プロジェクトが推進されました。この沖合移設によって敷地と空域に余裕が生じたことを受け、山口県および地元自治体・経済界が「基地負担の見返りと地域浮揚の起爆剤」として民間空港の復活を強く要望したのです。
国、米軍、地元自治体による長年の協議を経て安全保障上の協定が結ばれ、2012年12月13日、約48年ぶりに民間定期便が再就航。「岩国錦帯橋空港」として新たな歴史の扉を開きました。