浅間山荘事件でカップヌードルが普及した真相|極寒中継と誕生秘話

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カップヌードルは発売当初から順風満帆だったわけではありません。当時の袋入りインスタントラーメン(日清チキンラーメンや出前一丁など)が1袋35円前後だった時代に、カップヌードルは1個100円という強気の価格設定でした。「高すぎる」「座ってどんぶりで食べる文化に合わない」と既存の食品問屋からは敬遠され、当初は一部の百貨店や夜勤従事者向け自販機などに販路が限られていたのです。

項目発売当初(1971年9月〜)事件直後(1972年3月〜)編集部の見解・評価販売価格100円(袋麺35円の約3倍)100円(据え置き)「高い新商品」から「価値ある時短食」へと消費者の認識が劇的に転換全国認知度首都圏・若年層中心(約10〜20%)全国規模で急上昇(推定80%超)視聴率89.7%の中継露出により、数年分の広告投資に匹敵する浸透を達成主な流通チャネル百貨店、専用自販機、レジャー施設全国の一般食品店、スーパー、生協問屋の拒絶反応が一変し、一気に一般小売市場の主役へと躍り出た年間生産・販売数月産数十万食規模で推移1972年度に約6,700万食へ急伸事件を契機に生産ラインのフル稼働が続き、翌年以降の億単位突破へ直結
中島 亮太

中島 亮太

写真家・フォトエディター

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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