火垂るの墓のおばさんは悪者か?大人になって気づく正論と実話の真相
火垂るの墓のおばさんは悪者か?大人になって気づく正論と実話の真相について徹底解説いたします。詳細な分析をご覧ください。
おばさんが「冷酷」と批判される象徴的な場面が、食事の配分と母親の形見の着物を売るシーンです。
夕食の雑炊をよそう際、おばさんは自分の娘や下宿人(勤労動員されている学生)には底からすくって米粒や具をたっぷり入れ、清太と節子には上澄みの薄い汁ばかりを注ぎます。一見すると明白な差別に映りますが、当時の時代背景を照らし合わせると別の側面が浮かび上がります。
当時の日本は深刻な食糧難に喘いでおり、配給米は厳格に管理されていました。おばさんの娘は工場で働き、下宿人も国のために汗を流して働いています。極限状態の戦時体制下において、「重労働に従事して食糧を稼いでくる者を優先して養う」ことは、家庭を崩壊させないための冷徹かつ合理的な鉄則でした。
また、清太の母の着物を米に換えた一件も、清太本人の許可を一応取った上で行われています。持ってこられた米(一俵)をすべて清太たちのものにせず、家の備蓄に組み入れたことに対しても批判が集まりがちですが、調味料や薪、住居の提供など、生活を維持するためのコストを考えれば、居候の持ち込んだ財産を一家全体の維持費に充当することは当時の基準として不当とは言い切れません。