元巨人・ヤクルト入来智の事故死から現在|真相と弟・祐作の絆
元巨人・ヤクルト入来智の事故死から現在|真相と弟・祐作の絆に関する注目トピックを分かりやすく解説します。関心のある方は必見です。
入来智さんの野球人生は、まさに不屈の挑戦の連続でした。鹿児島実業高校から社会人の三菱自動車水島を経て、1989年ドラフト6位で近鉄バファローズに入団。その後、広島東洋カープ、近鉄復帰を経て、1999年に読売ジャイアンツへ移籍します。ここで弟・入来祐作投手と同じユニフォームを着ることになり、球史に残る「入来兄弟」として一躍脚光を浴びました。
しかし、智さんの真骨頂は2001年に移籍したヤクルトスワローズ時代に訪れます。野村克也監督時代から培われたヤクルトの緻密な野球と、若松勉監督の信頼のもとで才能が一気に開花。先発ローテーションに定着し、10勝3敗・防御率2.87という圧巻のキャリアハイを記録しました。同年のオールスターゲームには兄弟揃って選出され、監督推薦で智さんが登板した際にはベンチの祐作さんが満面の笑みで見守る姿がファンの胸を打ちました。
マウンドで見せる闘志あふれる形相と、打者の内角を果敢にえぐるシュートは、智さんの代名詞でした。弟の祐作さんが気迫を前面に出す「吠える投球」だったのに対し、智さんは一見飄々としながらも芯には絶対に退かない頑固な闘志を宿していました。