名曲「ここに幸あり」誕生秘話と大津美子の現在|時代を超える歌詞の真実

今注目を集めている 名曲「ここに幸あり」誕生秘話と大津美子の現在|時代を超える歌詞の真実について、多角的な視点を整理して公開しています。

「ここに幸あり」が誕生したのは、戦後日本の経済復興が本格化し始めた1956年(昭和31年)のことです。元々は同年公開された東映映画『ここに幸あり』(津田不二夫監督、高倉健・中原ひとみ出演)の主題歌として制作されました。当時18歳だったキングレコード所属の大津美子が抜擢され、吹き込みを行いました。

作詞を手掛けたのは「酒は涙か溜息か」などで知られる巨匠・高橋掬太郎、作曲は哀愁を帯びた抒情的な旋律に定評のあった飯田三栄です。大津美子の豊かなアルトボイスと低音の響き、そして情感あふれるビブラートが見事に合致し、映画の枠を飛び越えて単独のレコードとして空前の大ヒットを記録しました。

そして、この名曲を語る上で欠かせないのが、ハワイやブラジルの日系移民との深い絆です。1958年に大津美子がハワイ公演に赴いた際、サトウキビ畑での過酷な重労働に耐え忍んできた日系一世・二世たちが、この曲を聴いて涙を流し大合唱したというエピソードは有名です。厳しい差別に晒されながらも家族と寄り添い生きてきた日系人にとって、「嵐も吹けば 雨も降る」「君をたよりに 私は生きる」というフレーズは、自らの人生そのものであり、「第二の日系人国歌」としてコミュニティの精神的支柱となりました。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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