山形・宝珠山立石寺の全貌!1015段の石段に秘められた真実と絶景

山形・宝珠山立石寺の全貌!1015段の石段に秘められた真実と絶景にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

元禄2年(1689年)7月13日(新暦)、俳聖・松尾芭蕉は門人の曾良を伴って立石寺を参詣しました。その紀行文『おくのほそ道』に収められた一句「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は、日本文学史上屈指の傑作として知られています。

境内中腹にある「せみ塚」は、嘉永6年(1853年)に当時の風雅人たちが芭蕉の遺墨短冊を土中に埋め、その上に石碑を建てて供養した史跡です。この句を巡っては、昭和初期に文学史を揺るがす白熱した「蝉の種類論争」が巻き起こりました。

歌人の斎藤茂吉が「この句の蝉はジージーと激しく鳴くアブラゼミである」と主張したのに対し、文学者の小宮豊隆は「静寂を強調するためにはチーという金属的な細い音で鳴くニイニイゼミでなければならない」と真っ向から反論しました。その後、山形高等学校の教授陣らによる現地調査や気象データの検証、さらには芭蕉が訪れた7月上旬という時期の生態調査が行われた結果、山寺の岩肌に生息していたのはニイニイゼミであったことが科学的・実証的に証明され、論争は決着を見ました。

奇岩が連なる山寺の地形は音を反響させるのではなく、岩肌の凹凸が音を適度に吸収し、蝉の鳴き声が空間全体に染み渡るような独特の音響空間を作り出します。騒音としてではなく、自然の響きによってかえって深まる「絶対的な静寂」。芭蕉の鋭敏な感性が捉えた情景は、300年以上を経た今も現地で追体験できます。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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