柳楽優弥の現在と壮絶な軌跡|カンヌ最年少受賞から名優への真実
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柳楽優弥の経歴を語る上で避けて通れないのが、是枝裕和監督の映画『誰も知らない』(2004年)での鮮烈なデビューです。当時14歳、演技経験がほぼ皆無だった少年は、第57回カンヌ国際映画祭において史上最年少かつ日本人初となる最優秀男優賞を獲得しました。主役不在の授賞式で名前を呼ばれたその瞬間から、彼の運命は激変します。
世界的な喝采とメディアの過熱報道は、思春期の少年の精神を急速に圧迫していきました。周囲の期待に応えなければならないという強烈なプレッシャー、自身の実力と世間の評価との乖離に対する自己嫌悪。次第に精神のバランスを崩した彼は、10代後半にして仕事が激減し、体重は一時82kgまで激増することになります。
報道各社の取材や当時の本人の告白によると、この時期に体調を崩して入院する事態も発生し、世間からは「早熟の天才の失速」と無情なレッテルを貼られました。しかし、彼が非凡だったのは、そこから自らの足で泥臭く這い上がった点にあります。
「俳優である前に、普通の社会人としての感覚を取り戻さなければならない」と考えた柳楽は、芸能界から一時距離を置き、ガソリンスタンドや洗車場、居酒屋でアルバイトを始めました。洗車場で3,500台以上の車を黙々と磨き上げる日々の中で、「柳楽くんに似てるね」と客に声をかけられても「よく言われます」と答えながら汗を流した経験が、肥大化したプライドを削ぎ落とし、等身大の人間としての芯を形成していったのです。