東海村Jco臨界事故の写真が暴く被曝治療83日の壮絶な真実
東海村Jco臨界事故の写真が暴く被曝治療83日の壮絶な真実にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
事故の舞台となったのは、住友金属鉱山株式会社の全額出資子会社であった株式会社ジェー・シー・オー(JCO)の東海事業所だ。高速増殖炉「常陽」用核燃料の製造工程において、作業効率を最優先した「裏マニュアル」の存在が常態化していた。
規定の溶解塔を使わず、作業員たちはステンレス製バケツと漏斗(じょうご)を使い、濃縮度18.8%の硝酸ウラニル溶液を沈殿槽へ直接流し込んでいた。作業を担当していた大内久氏(当時35歳)と篠原理人氏(当時39歳)が7杯目の溶液を注入した瞬間、ウラン推定量は約16.6キログラムに達し、臨界制限値である2.4キログラムを遥かに超過。容器内部で核分裂連鎖反応が一気に火を噴いた。
ピカッと走った青い閃光。二人は激しい吐き気と痛みに襲われ、現場から退避した。当時の科学技術庁をはじめとする行政機関にも激震が走り、現場から半径350メートル以内の住民に対する避難要請、半径10キロメートル圏内の住民約31万人への屋内退避勧告という、前代未聞の事態へと発展していった。