10月12日は何の日?豆乳の日の由来と重大事件の真相・有名人誕生日
10月12日は何の日?豆乳の日の由来と重大事件の真相・有名人誕生日の具体的な内容に迫る! 専門的な視点でまとめました。
歴史の記録を紐解くと、10月12日は世界の秩序や国家の行く末を激変させた重大事件の舞台となってきました。世界史の教科書において最も名高い出来事の一つが、1492年10月12日、イタリアの航海者クリストファー・コロンブス率いるスペイン船団がカリブ海のバハマ諸島(グアナハニ島、現サン・サルバドル島)に上陸したことです。アメリカ大陸やスペイン語圏では長年「コロンブスデー(コロンブスの日)」や「ヒスパニック・デー」として祝われてきました。しかし現代では、この出来事は欧州側からの「新大陸発見」という一方向的な視覚から、先住民族の虐殺や植民地支配の起点という負の側面を伴う「文明の遭遇」へと歴史的再解釈が進んでおり、先住民族の尊厳を再考する記念日へと移行する自治体が増加しています。
日本国内において決して風化させてはならないのが、1960年10月12日に発生した「浅沼稲次郎暗殺事件」です。東京都千代田区の日比谷公会堂で開催された自民党・社会党・民社党の3党首立会演説会において、壇上で演説中だった日本社会党委員長の浅沼稲次郎氏が、当時17歳の右翼少年・山口二矢によって刃渡り約33センチメートルの短刀(銃剣加工品)で胸部を刺殺されました。
この惨劇はNHKのテレビ中継カメラが捉えていただけでなく、毎日新聞社の長尾靖カメラマンが凶行の瞬間を克明に撮影。その写真は日本人として初となるピューリッツァー賞を受賞しました。当時の特番インタビューや回顧録において、現場にいた記者たちは「一瞬何が起きたのか理解できず、壇上が凍りついた」と証言しています。民主主義の根幹である言論の場が白昼堂々たるテロリズムによって暴力に屈したこの事件は、戦後日本の治安対策と政治報道の在り方に決定的な教訓と傷痕を残しました。