ボルネオ島はどこの国?1つの島に3つの国が存在する驚きの真相を徹底解説
ボルネオ島はどこの国?1つの島に3つの国が存在する驚きの真相を徹底解説の具体的な内容に迫る! 専門的な視点で紐解きます。
「ボルネオ島へ行く」と言っても、向かう先がどの国なのかによって法律も通貨も言語も異なります。この島を構成しているのは、北西部の大部分を占めるマレーシア(サバ州・サラワク州)、島全体の約73%を占める南部および東部のインドネシア(カリマンタン地域)、そしてマレーシア領に囲まれるように存在する産油国ブルネイ・ダルサラーム国の3国です。
かつて16世紀頃、この島全域に絶大な影響力を誇っていたのはイスラム王朝のブルネイ王国でした。島名の「ボルネオ」自体、ブルネイが西洋訛りで変化したものと伝えられています。しかし19世紀に入ると、香料や鉱物資源、通商ルートの掌握を目論む西欧列強の侵略が本格化しました。決定打となったのが、1824年の英蘭協約および1891年のロンドン条約です。覇権を競っていた大英帝国とオランダ王国が、現地住民の民族的・生態的つながりを完全に無視し、緯度・経度と山脈の稜線を基準に勢力圏を機械的に二分しました。
イギリスは北部のサバ(旧英領北ボルネオ)やサラワクを保護領化し、弱体化したブルネイ王国を極小の領土に押し込めました。一方のオランダは南部・東部の広大な熱帯雨林地帯(蘭領ボルネオ)を確保しました。第二次世界大戦後の脱植民地化のプロセスにおいて、オランダ領はそのままインドネシア共和国の「カリマンタン」となり、イギリス保護領だったサバとサラワクは1963年にマレー連邦へ合流してマレーシアを結成、ブルネイは自立を選んで1984年に完全独立を果たしました。この経緯から、1つの島の中に主権国家が3つ並立するという現在の特異な地図が完成したのです。