福沢諭吉「脱亜論」の真意とは?教科書が隠した驚きの真実を解明
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当時の東アジア情勢は風雲急を告げていた。1884年、朝鮮半島で起きた甲申政変。金玉均ら開化派(改革派)が近代化を目指して起こしたクーデターは、清国軍の介入によってわずか3日で鎮圧された。この失敗は、改革派を全面的に支援・指南していた福沢諭吉に深刻な失望感を与えた。
教科書ではあまり触れられないが、福沢諭吉は最初からアジアを見下していたわけではない。むしろ朝鮮の自立と近代化を心から願い、私財を投じて留学生を受け入れ、変革を後押ししていた。しかし、守旧派の巻き返しと清国の強い影響力によって改革運動が流血の惨事へ至ったことで、連帯による東アジア共同の近代化という理想は脆くも打ち砕かれた。「悪友」と手を切らなければ、日本も同類と見なされて欧米の侵略の餌食になる――その悲壮な危機感こそが、執筆の直接的な引き金であった。