山上徹也の自衛隊経歴と手製銃の真相|配属先と射撃訓練の実態を追う

山上徹也の自衛隊経歴と手製銃の真相|配属先と射撃訓練の実態を追うの主要なニュースをコンパクトにまとめました。最新トレンドを一目で把握できます。

山上徹也の自衛隊での経歴は、2002年8月に任期制自衛官(3等海士)として佐世保教育隊へ入隊したことから始まります。名門県立高校を卒業後、父親の自死や母親の宗教団体への多額の献金によって家庭環境が激変し、大学進学を断念せざるを得なかった末の選択でした。

教育隊での基礎訓練を終えた同年12月、彼は広島県の呉基地に配属され、練習艦隊や護衛艦隊に所属していた護衛艦「まつゆき」(2026年除籍)の乗組員となりました。艦内での職種は「兵器員(砲雷科)」に区分され、甲板作業のほか、艦載兵器の手入れや清掃、弾薬の運搬補助などを担当していました。

当時の同僚や防衛省関係者の証言によると、自衛官時代の評判は「極めて無口でおとなしい」「指示された職務は卒なくこなすが、同僚と深く群れることはない」というもので、規律違反や暴力的トラブルを起こした記録はありません。しかし、勤務の裏で家庭崩壊の爪痕は深刻化していました。

2004年7月には江田島の第1術科学校生徒部へと異動。そして2005年1月、彼は自衛隊在職中に自殺未遂を起こします。後に明かされた捜査関係者の聴取内容によれば、「兄や妹に自らの生命保険金を残すため」という痛切な理由でした。一命を取り留めた後、任期延長を選択することなく、2005年8月に任期満了(1任期3年)を迎えて2等海士から海士長で退職しました。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest