氷雪の門に秘められた悲劇の真相|幻の映画封印と九人の乙女の真実
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このあまりにも重い実話をもとに、1974年に東映およびJMP(ジャパン・マイクロフィルム・プロダクション)の主導で制作されたのが、大作映画『樺太1945年夏 氷雪の門』(村山三男監督)でした。映画界の実力派俳優が集結し、当時の邦画界でも破格のスケールで樺太の悲劇を映像化した作品です。
しかし、全国の東宝系劇場での封切りが直前に迫った1974年春、突如として全国上映中止の決定が下され、映画は長きにわたる封印、すなわち「お蔵入り」の憂き目に遭いました。公に語られなかった上映中止の裏側には、冷戦下の緊迫した国際情勢とメディアの過剰な自主規制という複雑な構造がありました。
当時、ソビエト連邦(現ロシア)の大使館関係者が試写を視察し、本作を「反ソビエト的なプロパガンダ映画であり、日ソ友好関係を著しく損なう」と猛烈に抗議したとされています。当時、日本政府や大手映画配給会社は、シベリア開発プロジェクトや北方領土交渉、さらには漁業交渉といった外交的・経済的懸念を抱えていました。ソ連を過度に刺激することを極度に恐れた結果、官民を問わず目に見えない圧力が働いたのです。
法的な発禁処分が下されたわけではありません。最も恐ろしいのは、配給を担う興行側が「劇場の安全確保や政治的トラブルの回避」という名目のもと、自ら上映を取りやめる過剰な忖度(自主規制)に走った点にあります。この結果、映画館チェーンでの上映ルートは完全に断たれ、映画関係者は自主上映会や巡回上映という極めて限定的な草の根運動でしか作品を届けることができなくなりました。