福島原発・吉田所長の真実|海水注入の決断と吉田調書が語る死闘の光影
話題沸騰中の 福島原発・吉田所長の真実|海水注入の決断と吉田調書が語る死闘の光影について、多角的な視点を整理して公開しています。
事故当時の免震重要棟に踏みとどまり、命がけで作業を続けた名もなき作業員たちを描いた門田隆将氏のノンフィクションおよび映画『Fukushima 50』では、俳優の渡辺謙氏が吉田所長を熱演しました。この作品を通じて、Fukushima 50における吉田所長の評判は「日本と東日本を壊滅から救った真の英雄」として国内外で絶賛されることになります。
事故から15年が経過した現在でも、吉田所長を英雄とするネットの反応は根強く存在します。SNSや大手掲示板では「あの時、現場に吉田さんがいなかったら東京も住めなくなっていた」「官邸の机上の空論を突っぱねた現場の鑑」「自分の命を削って日本を守ってくれた」と、そのリーダーシップを称える声が絶えません。
一方で、事故の全貌を検証し続ける法廷記録や技術者コミュニティからは、極めて冷静かつ厳しい指摘もなされ続けています。吉田昌郎という人物は、事故発生時に英雄的な収束作業を行った当事者であると同時に、事故前には東京電力本店の原子力設備管理部長という要職にあり、巨大津波の予測対策を先送りした組織の中枢にいた人物でもあったからです。
2008年、東電の社内シミュレーションでは「最大15.7メートルの津波が福島第一原発に来襲する可能性がある」との試算がまとめられていました。当時、設備管理の最高責任者の一人であった吉田氏は、土木学会による審議結果を待つという名目で、多額の投資を伴う防潮堤のかさ上げ工事などの抜本的対策を先送りする決定に関与していました。この二面性――「過酷事故を招いた組織の責任者」でありながら「過酷事故の被害拡大を食い止めた現場の防波堤」であったという矛盾こそが、吉田昌郎という技術者の背負った過酷な十字架でした。