宮史郎『女のみち』400万枚の真実|昭和歌謡史に刻まれた奇跡の全貌

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『女のみち』の原点は、華やかなレコード会社のスタジオではなく、地方のナイトクラブやキャバレーの片隅にありました。宮史郎(本名:宮崎史郎、兵庫県加古川市出身)は、実兄の宮五郎、ギタリストの並木ひろしとともに、歌と演芸を融合させた「宮史郎とぴんからトリオ」として関西を中心にドサ回りの下積み生活を続けていました。

ステージの合間に客席を回りながら、宮史郎は夜の街で働くホステスたちの身の上話や失恋の痛手を数え切れないほど耳にします。「男に裏切られてもなお、尽くしてしまう女の業」を肌で感じ取った宮史郎は、自らペンを執って作詞を担当。そこに並木ひろしが哀愁漂うメロディを付け、1972年5月にわずか数千枚の自主制作盤として『女のみち』が産声を上げました。

当初はステージ終わりにメンバー自ら客席を手売りして回る地道な営業スタイルでしたが、有線放送でのリクエスト急増を嗅ぎつけた日本コロムビアが即座に全国発売を決定。無名の演芸トリオが、一躍トップスターへと駆け上がる伝説の下克上劇が幕を開けた瞬間でした。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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