堀内孝雄の妻・智恵子夫人との半世紀|極貧時代から支え抜いた絆と現在
堀内孝雄の妻・智恵子夫人との半世紀|極貧時代から支え抜いた絆と現在にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。
ふたりの馴れ初めは、アリスが結成された直後の1970年代初頭にさかのぼります。当時の堀内孝雄は、大阪から上京したばかりの売れないフォークシンガー。ライブを行っても客席はまばらで、ギャランティだけでは家賃すら払えない過酷な下積み生活を送っていました。
食事といえば袋麺を分け合って食べるような困窮状態のなか、智恵子さんは堀内さんの才能と情熱を信じ、自ら働きながら生活費を工面して支え続けました。堀内さんは後にテレビ番組のインタビューで、「あの頃は本当に金がなくて、風呂なしアパートで暮らしていた。彼女がいなければ今の自分は絶対に存在しない」と述懐しています。
1974年、アリスがまだ全国的な大ヒットを飛ばす前の段階でふたりは入籍。ヒット曲に恵まれず苦悩する日々が続きましたが、結婚から数年後の1977年に「冬の稲妻」が大ブレイク。さらに堀内さんが作曲を手掛けた「君のひとみは10000ボルト」が記録的ヒットを記録し、長年の献身がついに結実しました。妻の支えがあったからこそ、数々の歴史的名曲が誕生したと言えます。