三毛別羆事件の真相と戦慄の全貌|日本最悪の獣害が残した教訓
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集落の住民が下流の三毛別分校へ避難し、北海道庁警察部や帝国陸軍第7師団までが出動するなか、事件の終止符を打ったのは大軍組織ではなく、たった1人の老練な猟師でした。その人物こそ、現在も狩猟界の伝説として語り継がれる山本兵吉(やまもとへいきち、当時57歳)です。
山本兵吉は日露戦争に従軍し、軍隊仕込みの射撃技術とシベリアでの実戦経験を持つ凄腕の猟師でした。酒乱の気があり気難しい性格として知られていましたが、ヒグマの習性を知り尽くした山林追跡のエキスパートでした。大勢の討伐隊が山中で銃撃戦を試みては空振りに終わり、指揮系統が混乱するなか、兵吉は集団行動を拒否。独自の判断でアイヌの案内人らとともに山中深く分け入り、風上からヒグマの足跡を逆探知する単独追跡戦を展開しました。
12月14日早朝、六線沢の上流付近で雪煙の中に潜む巨大な影を視認した兵吉は、息を殺して約20メートルの至近距離まで接近。ヒグマが気付いて振り返った刹那、放たれた第1弾は心臓を正確に撃ち抜き、怯んだ隙に放たれた第2弾が頭部を粉砕しました。数日間にわたって開拓民を恐怖のどん底に突き落とした怪物は、雪原に崩れ落ち、即死しました。この劇的な結末は、作家・吉村昭の名作ドキュメンタリー小説『羆嵐』吉村昭のクライマックスでも極めて緻密に描写されています。