坂本龍一の若い頃は何が特別だったのか?Ymo結成と美貌の初期衝動
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坂本龍一の音楽的探求は、アカデミズムとアンダーグラウンドの交差点から始まった。東京藝術大学大学院で民族音楽学や電子音楽を専攻していた若き日の彼は、ドビュッシーやバルトークに傾倒する一方、ジャズ喫茶が立ち並ぶ新宿の熱狂や前衛劇場の劇伴制作に没頭していく。当時、仲間内から「教授」という愛称で呼ばれ始めたのも、あまりに膨大な知識量と論理的な音楽談義に由来する。
だが、象牙の塔に閉じこもるつもりは毛頭なかった。黎明期のエレクトロニック・ミュージックに可能性を見出し、大型モジュラー・シンセサイザーを操りながら、スタジオ・ミュージシャンとして音楽業界の最前線へ足を踏み入れる。クラシックの厳格な構築美とストリートの衝動。この両極端な要素を同時に内包していたことこそが、後年の革新的サウンドを生み出す土台となった。