資治通鑑の作者・司馬光とは?19年費やした執筆理由と史記との違い
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司馬光を語る上で避けて通れないのが、同時代の英傑・王安石との対立です。歴史上、二人は「頑迷な守旧派(司馬光)」対「先進的な改革派(王安石)」という単純な二元論で語られがちですが、実態はより高度な国家構想の衝突でした。
王安石の新法は、中小農民の救済や商業統制を通じて国家財政を潤す積極財政・富国強兵策でした。これに対し司馬光は、「天地の間に生じる財富の総量には限りがあり、国が豊かになるということは民から奪っていることに他ならない」と主張。国家が過剰に経済へ介入すれば、中間層が疲弊し社会のモラルが崩壊すると警告しました。
興味深いのは、二人が政治的に激しく激突しながらも、互いの学識と誠実さを深く敬愛していた点です。王安石は司馬光を「天下の重望」と呼び、司馬光もまた王安石の人柄を決して貶めませんでした。司馬光が『資治通鑑』の中で繰り返し描いた「急激な改革がもたらす社会の動揺」という教訓には、同時代で繰り広げられた王安石との熾烈な議論が色濃く反映されています。