海原千里・万里の解散理由と現在!上沼恵美子の原点と奇跡の歌謡漫才
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海原千里・万里の歩みは、上方演芸史における奇跡の連続でした。兵庫県三原郡(現・南あわじ市)出身の姉妹は、父・橋本潤介氏の厳しい指導のもと、幼少期から歌や演芸の英才教育を受けて育ちます。姉の百々子(万里)は内気ながら正確無比なリズム感と伸びやかな歌唱力を備え、妹の恵美子(千里)は天性のユーモアと人を惹きつける爆発的なトーク力を持っていました。
1971年、姉妹は上方漫才界の重鎮であった海原お浜・小浜の門を叩き、正式に弟子入りを果たします。海原お浜小浜の師匠関係のもとで磨かれた本格的なしゃべくりと、流行歌を取り入れた斬新なスタイルは瞬く間に評判を呼びました。コンビ結成時、姉の万里は19歳、妹の千里はわずか15歳の高校生。制服姿で舞台に立ち、大人顔負けの毒舌と自虐ネタをマシンガンのように繰り出す「芦川百々子の姉妹漫才」は、関西のみならず全国の演芸界に強烈な衝撃を与えました。
当時、漫才といえば中高年男性が中心の演芸界において、現役女子高生を含む若い女性コンビがトップに立つ前例はありませんでした。上沼恵美子の海原千里としての経歴は、まさに昭和の漫才ブーム前夜を切り拓いたパイオニアとしての戦いそのものでした。