琵琶湖周航の歌の真実!加藤登紀子の名唱と誕生秘話・歌詞の意味

琵琶湖周航の歌の真実!加藤登紀子の名唱と誕生秘話・歌詞の意味の要点を分かりやすくまとめてご紹介します。

『琵琶湖周航の歌』を語る上で欠かせないのが、長年にわたり謎に包まれていた作曲者を巡る歴史的ドラマです。

作詞者の小口太郎は、三高卒業後に東京帝国大学(現・東京大学)理学部物理学科へ進学し、航空工学や無線通信の研究に従事した秀才でした。しかし、将来を嘱望されながらも大正12年(1923年)、わずか29歳で急逝します。このため、メロディの正確な出どころについて本人の口から詳細が語られる機会は永遠に失われてしまいました。

三高関係者の間では、当時流行していたイギリス民謡「ウォーター・パートティング」の変形ではないか、あるいは小口自身が口ずさんだオリジナル曲ではないかと推測され、長らく「作詞:小口太郎 / 作曲:不詳(三高水上部員)」としてクレジットされていました。

この歴史の霧が晴れたのは、誕生から76年が経過した平成5年(1993年)のことでした。滋賀県今津町の関係者や音楽愛好家、報道機関の追跡調査によって、大正4年(1915年)発行の音楽雑誌『音楽界』に掲載された大正唱歌「ひつじぐさ(未草)」が原曲であることが突き止められたのです。

作曲者は、新潟県新発田市出身の歌人・農学研究者であった吉田千秋(よしだ ちあき)でした。吉田もまた、結核を患い大正8年(1919年)に24歳の若さで夭折していました。長野出身の小口太郎と新潟出身の吉田千秋。生涯一度も出会うことのなかった二人の若き天才の才能が、京都の旧制高校という文化の交差点を通じて奇跡的に融合し、世紀の名曲が完成したのです。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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