竹内まりや『駅』の真実|明菜との違いと達郎の憤り、舞台の謎を解く
竹内まりや『駅』の真実|明菜との違いと達郎の憤り、舞台の謎を解くの重要ポイントをご紹介します。役立つ情報が詰まっています。
名曲『駅』の原点は、1986年12月24日にリリースされた中森明菜の通算10枚目のスタジオ・アルバム『CRIMSON』にあります。当時、アイドルから真の表現者へと脱皮を遂げていた中森明菜陣営は、女性の日常的な心象風景をすくい取る作家として竹内まりやに白羽の矢を立てました。竹内はこの依頼に対し、『駅』『約束』『OH NO, OH YES!』など計5曲を提供しています。
竹内まりや自身が当時の制作現場や手記で振り返っている通り、提供にあたっては「少し背伸びをした大人の女性の切ない情景」を意識してペンが執られました。しかし、届けられた中森明菜の完成音源を聴いた際、制作陣の間で大きな波紋が生じることになります。当時のディレクションでは、ボーカルの音量を極限まで抑え、ため息のように囁くウィスパーボイスで虚無感を演出するアプローチが採られていたからです。
これに対し、強烈なリアクションを示したのが山下達郎でした。メロディと歌詞が内包するドラマ性を信じていた達郎は、その解釈に対して「この楽曲の持つ本来の切なさと情熱が全く伝わっていない」と強い違和感を表明。自らがプロデュースを手掛け、竹内まりや本人のボーカルで完璧な形として世に問うべきだと進言しました。この強い作家のエゴと矜持こそが、翌1987年8月12日発売のシングル、そしてミリオンセラーを記録した歴史的名盤『REQUEST』収録曲としてのセルフカバーへと繋がっていきます。