生石神社の浮石ミステリー!石の宝殿の謎と歴史・ご利益を徹底解説
生石神社の浮石ミステリー!石の宝殿の謎と歴史・ご利益を徹底解説にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
初見では読み間違えられることも多い神社名ですが、正しい読み方は「生石神社(おうしこじんじゃ)」です。社伝や奈良時代の地誌『播磨国風土記』によると、神代の昔、大穴牟遅命(大国主命)と少彦名命の二神が国土経営のためこの地に立ち寄り、一夜のうちに巨大な石造の宮殿を造営しようとしたと記されています。しかし、工事の半ばで播磨の阿閇(あえ)の神が反乱を起こしたため、二神は造営を中断して鎮圧に向かい、夜が明けたことで宮殿は未完成のまま現在に残されたと伝えられています。
この巨大な岩塊は「石の宝殿(いしのほうでん)」と称され、古くから宮城県・鹽竈神社の「塩竈」、宮崎県および鹿児島県境・高千穂峰(霧島神宮)の「天逆鉾」とともに日本三奇の一つとして崇められてきました。国の史跡にも指定されており、古代史愛好家のみならず、現代のパワースポット巡りにおいても圧倒的な存在感を放ち続けています。