東京や埼玉が海の底?縄文海進地図とハザードマップを徹底比較検証
東京や埼玉が海の底?縄文海進地図とハザードマップを徹底比較検証の詳細について、分かりやすい解説を取りまとめてご紹介します。
古地図研究や地質調査の現場取材を進めると、縄文時代の関東地方の姿は現代の地図とは完全に別世界であったことが浮き彫りになります。縄文海進(Jomon Transgression)のピークを迎えた縄文時代早期末から前期(約6,500年前)にかけて、現在の東京23区東部から埼玉県内陸部にかけては「奥東京湾」と呼ばれる巨大な入江が広がっていました。
当時の海岸線を描いた復元地図を確認すると、現在の荒川や利根川の水系に沿って海水が深く入り込んでいます。東京都内では足立区、葛飾区、江戸川区、江東区のほぼ全域はもちろん、北区や板橋区の低地、台東区の上野台地の東側までが波打ち際でした。
さらに埼玉方面へと目を向けると、海岸線は現在の戸田市、川口市、さいたま市の大宮台地周辺を包み込み、川越市や上尾市、さらには加須市や久喜市(旧栗橋町付近)という、現在の東京湾から内陸へ約60km以上離れた地点まで到達していました。武蔵野台地や大宮台地が岬や半島のように突き出し、その間を海水が満たすフィヨルドやリアス式海岸のような入り組んだ地形が形成されていたのです。