チャールズ・ブロンソンとマンダムCm伝説|倒産危機救った名言と撮影秘話
チャールズ・ブロンソンとマンダムCm伝説|倒産危機救った名言と撮影秘話を徹底追究! 知っておきたい 情報と解説を分かりやすく展開します。
マンダムの前身である丹頂株式会社は、戦前から「丹頂チック」などのポマード製品で一世を風靡した名門企業でした。しかし1960年代後半、学生運動やグループサウンズ、ヒッピーカルチャーの台頭によって若者の長髪ブームが到来。髪を固めるポマードの需要は急速に激減し、同社は莫大な赤字と倒産寸前の危機に追い込まれていました。
当時の社長であった西村彦次をはじめとする経営陣は、起死回生を狙って新規の男性化粧品ブランド「マンダム」の開発に着手します。「男の美意識」を刷新するため、従来の美男子(二枚目俳優)路線を完全に捨て去り、「野性味」「逞しさ」「タフな大人の男」を体現できるアイコンを探し求めました。白羽の矢が立ったのが、当時『荒野の七人』『大脱走』『さらば友よ』などの映画代表作で世界的な人気を確立しつつあったハリウッド屈指のタフガイ、チャールズ・ブロンソンでした。
当時の丹頂にとって、ハリウッドスターの招聘は会社の存亡を左右する大博打でした。関係者の証言によると、ブロンソンに支払われたギャラは制作費を含めて数千万円規模に達し、当時の企業体力からすれば「失敗すれば即倒産」という極限状態での決断でした。しかし1970年に放映が開始されると、商品は飛ぶように売れ、わずか1年足らずで経営難を脱出。1971年には商品ブランドの浸透に合わせて社名を「株式会社マンダム」へと変更する前代未聞の決断を下すに至りました。