西郷隆盛の写真はなぜ1枚もない?肖像画の秘密と本物疑惑の真相

西郷隆盛の写真はなぜ1枚もない?肖像画の秘密と本物疑惑の真相の詳細について、専門知識を取りまとめてご紹介します。

学校教育の現場で誰もが「西郷隆盛の顔」として教えられてきた肖像画には、驚くべき制作背景が隠されています。あの絵を描いたのは、明治政府の紙幣や切手の印刷指導のためにイタリアから招かれた版画家エドアルド・キヨッソーネです。キヨッソーネが来日した1875年当時、西郷はすでに下野して鹿児島へ戻っており、1877年の西南戦争で命を落とすまで、キヨッソーネが一度も生前の西郷に対面することはありませんでした。

では、どのようにしてあの肖像画が完成したのか。キヨッソーネが用いた手法は、現代でいう「親族の顔パーツを合成するモンタージュ技法」でした。キヨッソーネは西郷の実弟である西郷従道から「鼻から上の骨格・目元」をスケッチし、さらに従兄弟にあたる大山巌から「口元から下の輪郭・あご」を写し取りました。この二人の顔立ちを巧みに融合させ、かつて西郷に近侍していた元薩摩藩士たちの記憶と証言をもとに補正を加えて仕立て上げたのが、現在知られるキヨッソーネの肖像画です。

国家主導で近代化を推し進めていた明治政府にとって、西南戦争で「朝敵」となったものの、国民的人気の高かった西郷を名誉回復(1889年の大日本帝国憲法発布に伴う赦免)させ、国民統合のシンボルへと昇華させる必要がありました。その国家プロジェクトの要請に応える形で生み出されたのが、あの威厳と包容力を併せ持つ絵画だったのです。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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