尾上松也の家系図と音羽屋の血縁|早逝した父の遺志と家族の真実
尾上松也の家系図と音羽屋の血縁|早逝した父の遺志と家族の真実の注目ポイントを詳しく解説してご紹介します。
「名門の御曹司として順風満帆にキャリアを積んできた」と思われがちな尾上松也ですが、その生い立ちは苛烈を極めます。最大の転機は、2005年12月に訪れました。大黒柱であり、歌舞伎界における最大の盾であった父・六代目尾上松助が、原発不明がんのため59歳の若さで急逝したのです。
当時、尾上松也はわずか20歳でした。歌舞伎の世界において、20歳の若手役者が父親という後ろ盾を失うことは、事実上の後ろ盾喪失を意味します。松也自身、過去の手記やドキュメンタリー番組のインタビューで当時の絶望的な心境を赤裸々に告白しています。
「父が亡くなった瞬間、目の前が真っ暗になった。翌月の舞台からは役の格が下がり、セリフのない通行人の役ばかりになった。これが梨園の現実かと思い知らされた」
さらに松也を追い詰めたのが、父親が残した莫大な借金と、父の弟子たちの生活を守らなければならないという過酷な現実でした。弟子を抱える歌舞伎俳優は、舞台の出演料から弟子たちの給与や経費を工面しなければなりません。しかし、仕事は激減。預金残高が底をつき、金融機関からの督促に怯える日々が続きました。
このどん底の苦境において、松也は伝統の枠組みにとどまることを拒否しました。2009年には自主公演『挑む』を立ち上げ、自らスポンサー集めからチケットの手売り、宣伝活動まで奔走。さらに蜷川幸雄演出の舞台オーディションに果敢に挑戦し、2015年にはミュージカルの名作『エリザベート』のルイジ・ルキーニ役に抜擢されます。外部の舞台やドラマ『半沢直樹』などで結果を残し、知名度を獲得したことで、本業の歌舞伎でも大役に返り咲くという「前例なき逆転劇」を成し遂げたのです。