山ピー所属グループの全軌跡|News脱退の真実と現在地を解剖

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デビュー以降、NEWSは数々のヒット曲を世に送り出しトップアイドルの座を確立しましたが、その歩みは平坦ではありませんでした。メンバーの相次ぐ脱退を経て6人体制となった後、グループを最大の激震が襲います。2011年10月7日、山下智久と錦戸亮が同時にグループを脱退することが公式発表されたのです。

大人気絶頂にあったNEWSから、なぜ絶対的エースの山下が離脱を決断したのか。当時の報道資料、関係者の証言、そして本人が後年に語った手記から浮かび上がるNEWS脱退の決定的な理由は、大きく分けて以下の3点に集約されます。

  • ソロアーティスト・個人活動への強固な意志:2006年の『抱いてセニョリータ』の大ヒットや、2009年の単独ソロコンサート、2011年初頭のアジアツアー成功を経て、自身の音楽性やパフォーマンスを100%注ぎ込めるソロ活動への渇望が限界に達していたこと。
  • 海外志向と活動スピードのギャップ:欧米やアジア圏のカルチャーに強く惹かれていた山下にとって、グループ全体のコンセンサスを取りながら動くドメスティックなスケジュール感に危機感を抱いていたこと。
  • 二足のわらじの限界(錦戸亮の事情との合致):当時、関ジャニ∞とNEWSを兼任していた錦戸亮の過密日程が極限状態に達しており、グループとしての活動停滞が慢性化していたタイミングと重なったこと。

当時の事務所関係者の証言によると、山下は「グループに甘えて守られている状態のままでは、表現者としてこれ以上の進化はない。自分の足だけで立って、どこまで通用するか勝負したい」という強い意思を事務所幹部に直談判していました。残された小山慶一郎、加藤シゲアキ、増田貴久、手越祐也の4人にとっては青天の霹靂であり、加藤が自著のエッセイなどで「目の前が真っ暗になった」と吐露した通り、深い傷跡を残す決断でした。しかし山下にとって、それは安定した人気を捨ててでも自らの表現を追求するための、退路を断った挑戦だったのです。

木村 陽翔

木村 陽翔

テックライター兼ウェブディレクター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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