オブラート飴は剥がす?そのまま食べる?包む理由と歴史の真相
オブラート飴は剥がす?そのまま食べる?包む理由と歴史の真相とは一体何なのか? 背景や要点を整理してお届けします。
オブラートで包まれたお菓子と聞いて、多くの日本人が真っ先に思い浮かべるのが、大正14年(1925年)に誕生したセイカ食品株式会社(鹿児島県)の『ボンタンアメ』や、姉妹品である『兵六餅(ひょうろくもち)』でしょう。
セイカ食品の創業者がボンタンアメを開発した当時、職人たちが水飴ともち米で作った朝鮮飴(熊本の伝統銘菓)をハサミで細かく切って遊んでいた姿から着想を得たと伝えられています。南九州特産の柑橘「ボンタン」の果汁と水飴、もち米、寒天を練り合わせたソフトキャンディは絶大な人気を博しましたが、当時の技術では時間が経つと飴同士がくっついてしまう問題に直面しました。
そこで白羽の矢が立ったのが、当時すでに粉薬の服用補助として薬局で普及していた「軟質オブラート」でした。もともとオブラート(オランダ語:oblaat)は西洋のキリスト教儀式で使われる聖餅(硬質ウエハース)が起源ですが、明治時代に日本の医師・小林政太郎氏らがデンプンを用いた水溶性の薄膜フィルム(軟質オブラート)として独自に発明・実用化させた日本発祥の技術です。
セイカ食品はこの医療用オブラートを製菓技術に応用し、一粒一粒を美しく包み込む量産体制を確立。大正から昭和、平成、そして2026年の令和に至るまで、100年以上にわたり一度も基本設計を変えることなく愛され続けるロングセラー銘菓となったのです。