映画『君の名は。』なにどきとは何時?かたわれ時の語源と伏線を徹底解明
映画『君の名は。』なにどきとは何時?かたわれ時の語源と伏線を徹底解明の具体的な内容に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。
ネット上のQ&AサイトやSNSの一部では、「かたわれ時は飛騨高山に古くから伝わる美しい方言である」といった解説が散見されますが、これは明確な事実誤認(誤解)です。
新海誠監督自身が公式インタビューや劇場パンフレット、小説版のあとがき等で明かしている通り、「かたわれ時」という単語は実在の方言辞書には載っていない「完全な造語」です。劇中では、妹の四葉が「お婆ちゃん、黄昏時やなくて、飛騨ではかたわれ時って言わん?」と尋ねるセリフがあるため、あたかも岐阜県飛騨地方の伝統的な方言であるかのように受け取られがちですが、言語学的な調査を行っても飛騨地方にそのような語彙は存在しません。
では、なぜ新海監督はこの言葉を紡ぎ出したのでしょうか。そこには2つの重層的な企図が存在します。
第一に、「かわたれ時」という古語が山深い閉鎖的な集落「糸守町」の中で数百年かけて独自に音韻変化したという架空の言語伝承の構築です。そして第二に、本作の最大のテーマである「失われた半身=片割れ(かたわれ)」のダブルミーニングです。三葉と瀧は、魂の半分を互いに預け合った存在であり、自分自身の欠落した片割れを探し求めています。「かたわれ時」とは、言葉そのものが「自分の片割れと出会う時間」を指し示す、極めて詩的な暗号だったのです。