田母神俊雄は今何をしている?論文更迭・裁判の真相と波乱の経歴を徹底解説
田母神俊雄は今何をしている?論文更迭・裁判の真相と波乱の経歴を徹底解説とはどのようなものなのか? 専門的な分析を丁寧に紐解いて紹介します。
田母神俊雄氏は1948年(昭和23年)、福島県郡山市に生まれました。福島県立安積高校を経て、1971年(昭和46年)に防衛大学校電気工学科(第15期)を卒業し、航空自衛隊に入隊した生粋のキャリア自衛官です。
高射運用幹部としてナイキミサイル部隊やペトリオットミサイル部隊の指揮を執り、防衛部運用課長、第6航空団司令、統合幕僚学校長、航空総隊司令官といった要職を歴任。組織内では「部下の信望が厚く、実務遂行能力と指導力に長けた指揮官」として高い評価を得ていました。そして2007年(平成19年)3月、航空自衛隊の最高位である第29代航空幕僚長(空将)に就任します。
しかし、トップ就任からわずか1年7か月後の2008年10月31日、大手ホテルチェーン・アパグループが主催した第1回「真の近現代史観」懸賞論文に応募した論文が最優秀賞(藤誠志賞・賞金300万円)を受賞したことが発覚。これが戦後日本の安全保障と防衛省組織を揺るがす大事件へと発展しました。